日本では学校教科の成績が良いと社会的にも良い評価を与えがちである。例えば成績が良いまま大学まで進学すればだいたい東大、京大を始めとした旧7帝大や早慶などのいわゆる一流大学に入ることになるだろう。そして多くの人は卒業と同時に民間企業に就職するが、知名度の高い優良企業や学生に人気のある会社がそうした一流大学の卒業生を好んで採用するのはある意味日本では常識的な事実である。

もちろん学業成績が良かったからといって実際のビジネスの現場でも活躍できるとは限らない。使う知識やスキル、求められるセンスが大きく違うからだ。だから会社に入ってからの仕事の出来不出来は出身大学の偏差値の高低とはまったくと言って良いほど関係がない。

実際、同じ企業においては割と楽に内定をもらった一流大学出身者より、面接などで仕事で役に立ちそうだと認められて狭き門をくぐり抜けた三流大学出身者の方がビジネスの世界では秀でているものである。これは12年ほどサラリーマンとして企業で勤めた自分の経験からもはっきり言える。

ではなぜ企業は依然としてそうした採用の仕方を続けてゆくのかというとそこにも一定の合理性がある。厳しい受験戦争をくぐり抜けた学生のほとんどは将来高い業績をあげることのできる才能があるかどうかに関わらず、少なくともIQが高いか本来の能力はそれほど秀でていなくとも真面目に自己管理をして努力を継続できる性格である可能性が大きい。

いかにベテラン・凄腕の採用担当といえど、その人が会社に貢献できる能力を持っているかどうを見抜いて選別するのはある程度の時間と手間がかかるはずだ。おびただしい数の中からすべての人間に対してその手間と時間をかけている暇はない。だからある程度グループの平均値を見て「このカテゴリーの人間は概ね大きな失敗は少ない」と割と簡単な審査で判断して仕事の進捗を速める必要もあるのだろう。この人材は少なくとも賢い、あるいは自分をコントロールできる人間なので大活躍はできなくてもせめて平均的なパフォーマンス出す確率は高いだろう、という具合で。企業にとっての安全策と言っても過言ではない。

そのことをよく知っている多くの親は子供が学業成績が良くなるように指導して、世間で「一流」と呼ばれる教育機関に入れるようにサポートをする。それを理解した学生も努力をする。そうして目的を達成し一流大学を卒業することができれば、仕事に就くときにより多くの選択肢から有利な条件の職場を選べるチャンスが得られるからである。これも将来企業に採用されて働く側からの合理的な判断であり、安全策と言える。

企業側の安全策はまだ良いかもしれない。特に確固とした大きなビジネスを確立している大企業は平均的な能力の人にやってもらった方が良い仕事が山ほどあるので仮に採用した人が突出した能力を持っていなくてもそちらで活躍してもらうことができる。そういう仕事を担当する人にはむしろ変なアレンジをせずに間違いなく淡々とこなしてもらいたいものなので却ってこの手の属性の人が適当であるとも言える。そしてどの仕事にもうまくハマらない人は最終的に排除することだって可能なのである。

だが、子供あるいは学生側の安全策には少なからずの違和感を禁じ得ない。「それは本当に安全策なのだろうか?」と。その安全策を採る一方で実は大きなリスクを抱えているのではないかと。

人間の能力や適性は千差万別である。勉強の得意な人もいればスポーツが得意な人もいる、芸術的才能を持った人もいるし、商才のある人や投資のセンスに優れた人もいる。そしてそれぞれ別の分野での能力はそれほど高くないというのが普通だ。例えば学校教科の中だけでも、英語や歴史など記憶力がモノを言う教科は得意だが論理的な思考を要求される数学は苦手だったと思い当たる人は少なくないのではないだろうか?とかく「努力が足りない」とかで片付けられがちなこうしたことの多くは適性の問題なのである。こういう人は語学力を鍛えればそれほど大きな苦労もなくペラペラになれるだろうし、逆に数学で良い成績を取るためには多大なエネルギーを費やさねばならないだろう。

学校教育での知識が必要ない、と言っているわけでは決してない。ただ、いろいろな適性を持った人のエネルギーや時間が学校教育に偏って費やされ過ぎだというのは感じる。終身雇用により企業への加入で一生の生活がほぼ保証されていた高度経済成長期であればまだしもこれからは平均的な力では経年による衰えや人件費の高騰により次第に競争力を失ってゆくだろう。

さらに将来は人工知能やロボットの技術の発展により、多くの仕事が機械に代替されるはずだ、人間ならではの力を発揮することが今後を生き抜く鍵になるのではないだろうか。そのためには教育の仕方を変える必要があるが、人間の習慣には慣性のようなものがあり、変化はそれが本当に必要な時期より遅れやすい。また、既存の教育方法にそって様々なビジネスも依存しているのですぐに変わるとは思えない。であるなら、気づいた個人が自分で従来の教育や価値観を疑って学ぶべきものを変えてゆくしかない。

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