2022年12月20日、日銀の黒田総裁は12月20日の会見で、長期金利操作の許容変動幅を従来のプラスマイナス0.25%から同0.5%に拡大する表明した。これはマーケットにとって予想外の出来事となり、為替相場は1ドル=137円台から132円台まで円高が進み、日経平均株価は一時800円以上も下落した。

長期金利の許容変動幅の拡大は日銀が採用している金融政策のひとつである「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」関わる変更で実質的な”利上げ”に相当する。(黒田総裁はなぜかわざわざ「これは利上げではない」と言っているが、、)つまり先月までは日銀は一貫して利上げを行わないという発表をしてきたにもかかわらず、今月いきなりこんなことを発表したので市場にショックを与えたのだ。

黒田日銀のスタート

10年前のこと。

2012年12月に行われた第46回衆議院議員総選挙で自民党が圧勝。東日本大震災を挟んで続いた民主党政権に代わって3年ぶりに自民党が政権与党に復帰、第二次安倍政権が発足した。そこで採用されたのが大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略を三本の矢とした一連の経済対策、いわゆる「アベノミクス」だった。

当時の日経平均は10,000円を挟んでの攻防、為替は約1ドル85円だった。アメリカではリーマンショックからの回復を目指してバーナンキ議長率いるFRB(連邦準備制度理事会)がQEと呼ばれる大規模金融緩和を行なう一方で、日銀は引き締め気味の金融政策を採っており円高ドル安が常態化した今とは真逆の状態、デフレの進行にも悩まされ続けていた。

年が明けて2013年3月、白川方明氏に代わって日銀の総裁に就任したのが黒田東彦氏である。黒田総裁は就任当初よりアベノミクスと連動して異次元金融緩和と呼ばれる大量の資金供給を行なった。通貨発行権を持っている日銀が直接長期国債やETF、J-Reitなどのリスク資産を買い入れることにより市中へ出回るマネーの増やしたのだ。

あの手この手の金融緩和策

それまで日本は物価が継続的に下落するデフレに苦しんでいた。物価の下落をマネーに対して商品の供給が過剰であるというところに求めれば、マネーの供給量を莫大に増やすことにより物価は下げ止まり、やがて上昇に転じインフレ状態になる。黒田総裁は最初の2年間でインフレ率2%の達成を目標としてこの政策を進めたが2年過ぎても達成できなかった。

本来は政策金利(短期金利)の調整によって景気変動をスムーズにもってゆくのが金融政策の主流である、という意味においては通貨供給量を調整する金融緩和はどちらかというと亜流。その金融緩和を第一の施策に持ってきたのは黒田総裁就任時に日本の政策金利はすでにほぼゼロ金利で下げ余地がなかったということもあるだろう。

そして2016年、ゼロだった政策金利を更に下げて日本としてははじめてのマイナス金利政策を採用。同じく2016年に新たな金融政策として導入されたのが「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」である。俗に「利上げ」「利下げ」と呼ばれる主流の政策金利操作に対して、こちらは本来市場原理にしたがって変動するはずの長期金利(国債の金利)を制御しようというものである。

利払いの金額が決まっている国債は価格が下がれば金利が上がり、逆に価格が高くなれば金利は下がる。つまり長期金利を低く抑えるためには日銀が目標の金利水準に達するまで国債を買い入れれば良い。日銀はイールドカーブコントロールの誘導水準を0.25%に設定した。

これはもし国債価格が下落して金利が0.25%以上に上昇しそうなときは日銀が買いを入れてそれを抑えるということである。しかしそれを持ってしても2%のインフレ率は達成することは困難だった。

不本意なインフレターゲット達成

やっと前年同月比の物価上昇率が2%を超えたのは異次元金融緩和開始から9年を経た2020年4月のことだった。

しかしそれはロシアのウクライナ侵攻などの原因で日本にとっては輸入品にあたるエネルギー価格は食材の価格が高騰したために引き起こされた悪いインフレ(コストプッシュ型インフレ)だった。良いインフレはデマンドプル型インフレと呼ばれ、材やサービスへの需要の高まりから起こるインフレでその場合企業は利益が増大し、賃金も上昇する。一方コストプッシュ型インフレは商品のコストが押し上げられたためにやむを得ず物価が上がることでこの場合利益は伸びず賃金の上昇にはつながらない、それはやがて家計を圧迫しさらに景気を冷やすスタグフレーションに陥る危険性も孕んでいる。

もちろん日銀が目指したのは健全なデマンドプル型のインフレであり、数値だけが超えた目標達成には意味がない。

2023年の金融政策

というわけで黒田総裁はそのまま金融緩和を続けると言い続けそれを実行してきた。一方で日本以外の世界は新型コロナ収束後にインフレが発生、2022年前半より緩和を縮小して利上げに舵を切っていたためマイナス金利の日本との金利差が拡大、一時32年ぶりとなる円安状態になった。

その後、米ドルの利上げペースが緩んだことで若干円安が解消される動きになっていたところに今回サプライズのなった長期金利操作の調整による実質利上げ。来年2023年3月に任期の切れる黒田総裁が最後におこなった方針転換となった。同時に言った「これは利上げではない」という無理な理屈にも表れているように自分の本位とは異なる苦々しい決断だったのだろう。

各報道を見ると、後任の日銀総裁が利上げへの急激な方針転換をしなくて良いように自分で先鞭をつけたとか、将来方針転換を去れた場合に自分の方策を全否定されないための布石だとかいろいろ言われている。しかしいずれにしてもそれは2023年の日本円が利上げ及び金融引締め基調になるということではないだろうか。

 

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