「人民元」は不思議な通貨である。

中国の通貨である人民元にはオンショア人民元(CNY)とオフショア人民元(CNH)の2種類がある。オンショア人民元(CNY)は中国本土で中国居住者のみが取引できる人民元で上海外国為替市場で取り扱われている。オンショア人民元は中国人民銀行(PBOC)が定めた基準値の上下2%の範囲で為替変動を許容する管理フロート制を採用している。

不思議通貨人民元(RMB)

つまり人民元は米ドルや日本円のように国際為替市場での需給によりレートが変動する変動相場でもなく、香港ドルのように米ドルにペッグした固定相場制でもない、ちょうど間にあるような形だ。

2種類の人民元が存在する理由

オフショア人民元(CNH)は海外の居住者が取引可能な人民元で香港金融管理局のもと香港など中国本土外の為替市場で取引されている。中国国外に住んでいる人たちが自由に取引できるオフショア人民元はHSBC香港口座内でも購入することができる。なぜこのような二重構造になっているのか?

1990年代、人民元は安いレートで米ドルと固定されていた。当時の為替レートは約USD1=RMB8.3、直近の2021年8月のレートは約USD1=RMB6.5である。低い為替レートで固定された人民元が安い中国製商品の輸出増加につながり当時の驚異的な経済成長に寄与したのは言うまでもない。2000年代に入り対中貿易赤字に苦しんだアメリカは中国政府に人民元を切り上げるように圧力をかけ、中国はしぶしぶ管理フロート制による若干の為替変動を受け入れた。

産業育成のために自国通貨を安いレートで基軸通貨の米ドルと固定することが容認されていたのはかつての日本円と同様であり、容認しきれなくなった時点で為替レートの切り上げを要求されたのも日本円と同じ経緯だ。しかし日本円は通貨切り上げの後しばらくして完全に変動相場制に移行したのに対し、人民元はまだ為替管理の段階に踏みとどまっている。これはもちろん輸出主導の中国経済にとっては有利でいまだに外貨はどんどん中国に流入していることだろう。

反面、世界第二位の経済大国であり、特別引出権(SDR)の構成通貨で米ドル、ユーロに続いて3番目のシェアを占めているにも関わらず国際社会での流通量が大きくないのも人民元が当局に為替レートがコントロールされているということの影響は小さくないはずだ。かと言って、他の主要通貨と同じように完全な変動相場制に移行して、もし人民元が高騰すれば輸出競争力を失うリスクがある。

全体のGDPでは世界2位ではあるものの巨大な人口を抱えている中国は一人あたりのGDPでは60位以下になる。国内の貧富の差が激しいこともあり、その部分はまだ「開発途上国」として大目に見てもらいたいという本音が見え隠れする一方で実際に人民元が実際どのぐらいの需要があるか、価値を持つかということも観察したいところだろう。そこで特別行政区であり本土とは別のシステムを動かせる香港ででも取引できる人民元を発行した。中国側にとっても都合の良い一国二制度下にある香港の有効活用であると言える。

ちなみにオンショア人民元とオフショア人民元の紙幣はまったく同じもの。20,000元/日は中国本土から持ち出せるため、香港において現金で出回っている人民元はCNYもCNHも混ざり合っているのが実情だ。

デジタル人民元への試み

2021年7月16日、中国は「中国におけるデジタル人民元(中国数字人民币、e-CNY)の調査研究の進展」という白書を公表した。2014年に始まるデジタル人民元のプロジェクトを振り返ったうえで、設計、システム開発、システムテストを終え、いくつかの地域でパイロット実験を行っていることを改めて説明している。次世代の通貨とも言えるデジタル法定通貨の開発が急ピッチで進められているようだが、もし実用化されたとしてそのデジタル人民元はやはりオンショアとオフショアに分かれているのだろうか?

それとも一帯一路を基盤とした多国間の経済圏で通用させることを目的としているようだが文字通り人民元の国際化を図り、リーダーシップを取るべきそのときに一方で開発途上国的な立ち位置でのご都合主義が通用するのだろうか?そしてもしデジタル化を機にオンショアもオフショアもなくなったとき人民元の為替レートはどうなるのだろうか?不思議通貨に対する興味は尽きない。

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